新型肺炎:岩田健太郎教授の告発に反論した高山義浩医師(沖縄県立中部病院)の正論

岩田健太郎教授の告発に感じた不安

新型肺炎感染症が専門の岩田健太郎神戸大学教授のYouTubeでの「告発」が反響を呼んでいる。ぼくの信頼する友人たちからも「岩田さんに頑張ってほしい」というメッセージがいくつも届いている。
 
が、ぼくは、岩田教授の告発に理はあるなと思う一方で、ひょっとしたら何か欠けているものがあるのではないか、と気になって仕方がなかった。
 
アフリカの感染症の現場を経験した専門家の意見だからたしかに説得力はある。彼が「現場は無茶苦茶だ」といえば、専門家の知見として否定できないだろう。
 
が、この肺炎は生まれたばかりである。昨年まで人類が知らなかった病だから、わからないことだらけだ。しかも4000人近い乗員乗客を陸から隔離して新病に対応するのも、おそらく人類史上初めての体験だ。初めてだらけの体験にこれまでの知見だけで対処できるのか。
 
岩田教授の発言は正しいかもしれないが、ひょっとしたら大きくズレているかもしれない。
 

高山義浩医師の反論

 
偶然だが、ふだんからぼくが敬意を表してやまない沖縄県立中部病院の高山義浩医師(感染症内科医長)が、岩田教授の今回の告発に対して述べた意見を拝読した。ちなみに高山医師は、沖縄の医療福祉の現場の実態をもっとも深く理解する、きわめて有能な医師である。すでにFacebook上では5000近いシェアがあるので、既読の方も多いだろうが、知らない方は前記Facebookのリンクをぜひ熟読していただきたい。
 
高山医師の岩田教授に対するこの反論を知って、ぼくが岩田教授の告発に対して抱いていた疑念が氷解した。
 
高山医師は、ダイヤモンド・プリンセス号を視察したいという思いを持っていた岩田教授にいろいろアドバイスする立場にあったらしい。高山医師のアドバイスの甲斐があってか、岩田教授は乗船することができたが、乗船に際して高山医師は岩田教授に条件を付けたという。その条件とは「現場で働く医療スタッフと信頼関係を醸成するようふるまうこと(信頼関係を壊さないこと)」だった。
 
岩田教授の激しい言葉を額面通り受け取ると、「専門家のいない現場は大混乱でアフリカのエボラ感染地域に劣る」という話になって、船内では常識以下の感染症対策しか行われていないことになる。岩田教授は2時間の滞船時間でこれだけの「知見」を得て世間に公表したわけだ。
 
橋本岳厚生労働副大臣の命によって2時間で下船を余儀なくされたという岩田教授の事情に同情しないわけでもない。が、岩田教授はDMATのスタッフという「名目」で乗船しながら、DMATのリーダーからは「DMATのスタッフとしての能力には期待していない。あなたは感染症の専門家だろう」といわれたらしい。要するに、命を賭けて頑張っているスタッフを混乱させないでくれというのが現場からの要望だったわけだ。岩田教授は現場からやんわりと拒絶されていたのである。
 
ところが岩田教授は、こんなことでは怯まなかった。DMATとしてはダメでも感染症の専門家としてなら役割を果たせるだろうという、おそらくは純粋な使命感からか、現場のスタッフに次々アドバイスしたという。しかも、「このやり方はとんでもない、あれはやめろ」というものばかりだったようだ。
 
この感じはよくわかる。ぼくも専門家と称してあちこちの現場に入り、スタッフのことなどほとんど考えないで何度も理想論をぶってきた。すると目の前にはポカンとした顔と迷惑そうな顔だけ。「なんだバカの集りじゃないか、ここは」と思った自分がアホだったことを自覚したのはだいぶ後になってからのことだ。

無理解がもたらす現場の混乱

高山医師やDMATのリーダーの岩田教授に対する懸念は的中してしまった。ただでさえ混乱する現場がますます混乱してしまったことは想像に難くない。
 
現場は寄せ集め体制である。したがって指令系統も複雑だ。素人の乗員たちにスタッフとして働いて貰いながらの防疫体制だから、思いどおりにことは運ばない。網の目がほつれているところも少なくないだろう。高山医師は、そうした難点・欠点を認めながら、「感染症の専門家がいない」「ゾーニングがなされていない」といった岩田教授の主張が間違いであることを冷静に指摘している。
 
この病はまだ全容がわかっていない新たな感染症である。感染経路すら二転三転してきたし、まだ確認も終わっていない。最悪の事態を想定すれば、専門的なスタッフさえ絶望感に支配されるだろう。そうした絶望感と背中合わせに活動するスタッフは、日々刻々と変わる情報のなかで、その時々に最善の判断を下さなければならない。現場でのこうした奮闘を無視するような発言はやはり控えるべきだと思う。士気の低下は敗北さえもたらしかねない。
 
政府・厚労省の対応にあちこちから批判が出てくるのはごく自然なことだと思うし、当局はこうした批判を真摯に受けとめなければならない。だが、この新病が毎日のようにもたらす、これまでに直面したことのないような「困難」と不眠不休で向き合い、知恵を絞って闘い続ける現場への最低限の理解は必須だ。
 

批判は大切だ、しかし…

 
「厚労省も検疫官も無知だ」「能力ある感染症専門医がいない」「CDCをつくらなかった政府や行政に瑕疵がある」「国立感染症研究所はダメ組織だ」といった批判ならぼくにもできる。
 
だが、そもそも日本には400人程度の検疫官(公衆衛生部門)しかいない。大半は看護師だが、その数をひと晩で2倍3倍に増やすことは不可能だ。この病にもっとも関係の深い日本感染症学会と日本環境感染学会の会員数はそれぞれ約10,000人だが(おそらく多くが重複会員だ)、感染症専門医はうち1,500人程度にすぎない。エピデミック、パンデミックに対応できる病院の数も限られており、そうした資源のすべてをこの病だけに投入することもできない。また、現在のような事態に直面しても「働き方改革」がネックになって人材をフル活用できないという制度的な背景もある。
 
課題は数多いが、それぞれを短期・中期・長期と振り分けたとき、今は短期的な課題が最優先だ。もっといえば現場の混乱を抑えながら、少しでも前に進める態勢の構築を全面的にサポートすべき時だろう。岩田教授の使命感は理解するが、2時間の視察で「現場は無茶苦茶」と判断を下すようではむしろ後退をもたらしかねない。
 
まもなく現場に入るという高山医師の活躍に期待するとともに、今後の岩田教授には、現場を見据えた現実的かつ高度な知見の開陳をぜひお願いしたいと思う。
批評.COM  篠原章
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